Phoenicsとは,有限体積法により質量,運動量,エネルギー等の保存則を定常あるいは非定常で1~3次元空間において解く汎用の熱流体解析ソフトで,その名前はParabolic, Hyperbolic Or Elliptic Numerical Integration Code Seriesの頭文字から来ている.
図2-5は,コントロールボリュームと,流束の釣り合いを図示したものである.流束のx軸成分とコントロールボリュームの質量増加率の関係は以下のように表される.
図2-5: コントロールボリュームに流れ込む流束と質量保存則
(2-4)
r 流体の密度
U 流速ベクトル
これをx,y,z成分について足しあわせ,微少体積で割ると質量保存の法則,別名連続の式を得る.
(2-5)
(2-6)
T 温度
Sh 単位時間,単位体積あたり熱発生率
Cp 定圧比熱
g 比熱比
同様に運動方程式は,x方向成分を例示すると
(2-7)
u x方向速度成分
m 粘性係数
p 圧力
Bz x方向の単位体積あたり体積力
Vx 以外の粘性項
となる.このように考えてゆくと,流体力学における一連の方程式は,以下の式で表される一般的な保存方程式の,従属変数f を変えるだけで表現可能であることに気がつく.
(2-8)
ここで,Gfは交換(拡散)係数,Sfは生成項で,それぞれのf に関して関数の形が異なる.式(2-8)の四つの項は,それぞれ非定常項,対流項,拡散項,生成項を表しており,従属変数f は化学種の質量分率,エンタルピー,温度,速度成分,乱流エネルギー,乱流散逸率のような,流体の計算におけるあらゆる物理量を表しうる.
ポイントとしては,ある従属変数が与えられたときに,交換係数Gf と生成項Sf を如何に標準形に変形するかという問題で,それさえ出来てしまえば,流体力学の定常,非定常,熱,化学反応を含んだあらゆる問題は,一つの方程式を解くだけで良い.これをPhoenicsは“Single Equation Policy”と呼んでおり,あらゆる問題に柔軟に対応でき,しかも高速な解法エンジンを提供できるという点で,他のCFDソフトウェアとの差別化を図っている.
Phoenicsでは,具体的には式(2-8)を以下のように変形して用いている.
(2-9)
f 輸送量(従属変数)
r 相の体積分率(単相流の場合は1で定数)
U 速度ベクトル
Gf 交換係数
Sf 生成項
r 密度
単相流(r=1)の場合,この積分はコントロールボリュームに対して
(2-10)
となり,Phoenicsは式(2-10)をGaussの積分定理を用いて変形し,そこに完全陰解法,ハイブリッド法を適用し,線形化,離散化を行って得られた離散方程式を数値的に解いている.
2: Phoenicsの特徴
Phoenicsの,最大の特徴は上で述べた“Single Equation Policy”であるが,計算パッケージとしては以下のような特徴を挙げることが出来る.
1.
モジュール構成
Phoenics は,“Single Equation Policy”の設計概念を採用したことにより,乱流モデル,自由表面,化学反応,多層流等の拡張が,「モジュール」と呼ばれるサブルーチンの追加のみで実現できる.これは,ユーザー側にとっては安価な基本パッケージを導入用として購入し,必要に応じて追加モジュールを購入できるというメリットの他に,ユーザー独自の拡張を同じ書式に従った「モジュール」として追加可能というメリットを生む.従ってPhoenicsは市販CFDパッケージでありながら,ほとんどカスタムメイドに近い運用もできる.Phoenicsに標準で用意されているモジュールを以下に示す.
多相流(自由表面,代数スリップモデル)
BFC(曲線座標系)
非標準乱流モデル(RKG k-e,レイノルズ応力など)
二相流(AIPSA法)
数値アルゴリズム(QUICK,線形ソルバーなど)
輻射計算(面-面)
化学反応
固体内応力解析
マルチブロック,細分化はめこみ
粒子追跡
乱流燃焼モデルMFM(Multi-Fluid turbulence Model)
2.
構造格子
ほとんどの市販CFDコードが標準でBFC非構造格子分割を採用しているのに対して,Phoenicsはあえて構造格子を採用している(上述のオプションパッケージとしてBFC非構造格子も用意されているが).これは,「物体表面近傍の詳細な情報が欲しい,特定の問題を除けば非構造格子のメリットはデメリットを超えない」という設計者の意図による.ただし,全空間に同じ密度の構造格子を張り巡らせていたのでは複雑な問題の計算ができないので,Phoenicsは,「不等間隔格子」と「細分化格子」という方法で,構造格子でも複雑なモデルの記述を可能とした.例として,前縁ストラットとファウラーフラップを持つ翼周りの流れをモデル化したケースの格子分割を図2-6に示す.
図2-6: 前縁ストラットとファウラーフラップを持つ翼周りの解析メッシュ
3.
容易なパラレル計算への拡張
上で述べた構造格子の採用は,容易なパラレルコンピューティングへの拡張というメリットを生む.ここ10年のパーソナルコンピューターの劇的な進歩をみれば,これを三次元流体力学計算のプラットフォームとして利用しようとする最近の流行は当然のことといえる.しかし,それでも単体の性能はスーパーコンピューターに及ぶべくもなく,パソコンをCFDプラットフォームに利用するメリットを最大限に享受するためにはこれらを複数ネットワーク接続したパラレルコンピューティングの採用が不可欠である.Phoenicsには,計算領域を流れ方向に物理的に分割して計算する「パラレル版」が提供されており,構造格子のパラレル計算親和性から,computing efficiencyは8ノードで70%程度と高い.しかも,単純な領域分割でパラレル化が可能なため,条件設定ファイルや入力ファイルの書式はシングルCPU版と全く同じである.CFD計算システムの写真を写真2-1に,主要諸元を表2-2に示す.
さらに,Phoenicsには製品として以下の特徴があり,本研究における利用目的にかなっている.
1.
入,出力ファイルが標準的なテキストファイルであること
これにより,入力ファイルの自動生成や出力ファイルから任意の断面における任意の物理量を取り出すと行ったような作業をPerlの様なスクリプト言語を使って容易に実現でき,Phoenicsが用意したポスト処理プログラムでは取り出せない情報を得ることができる.
2.
三次元Virtual Reality環境によるモデル構築
これは,市販されている全てのCFDソフトと比較したわけではないので断言できないが,少なくともCFD2000,Alfa-flowと比較した限りにおいてはPhoenicsのモデル構築環境は大変優れたものであり,ある問題を考えたときに,それをCFDソルバに与えるまでに要する時間が非常に短い.モデル構築中のソフトウェアの様子を図2-7に示す.
図2-7: Phoenicsによるモデル構築中の画面
3.
導入費用が,他社製CFDに比べ安価であったこと
我々の必要とする計算機能を持った他社CFDソフトに比較して,Phoenicsのコスト的優位性は明らかである.さすがに,Parallel版は気軽に導入できる価格ではなかったが,最も安価な基本パッケージを非常に安価に購入することができたため,本研究室の用途に適するか否かを半年にわたり調査の上,Parallel版導入を決定することが出来た.