・3.5.1 vs. 3.6.0 ガチンコ対決!
・まえがき
Phoenicsの新バージョン,3.6.0がこの春にリリースされた.CHAM社の説明では,変更はユーザーインターフェースの部分が主で,ソルバーは変わっていないと言う.しかし,たまたまISOノズルの計算をしていた私は,3.5.1と3.6.0で微妙に答えが違うことに気がついた.そこで今回は,ISOノズルを土俵に,3.5.1と3.6.0にガチンコ対決をさせてみよう.
・使用した課題
今回取り上げたのは,前回と同様ISO-9300標準ノズル.粘性の効果を顕著に出すために,敢えてDischarge coefficientの小さい領域で計算する.系は[mm]系で定義したが,前回の計算と下流境界条件を若干変えている.
解析領域(y × z) | 2.6×6.4[m] |
メッシュ | 13×32,その整数倍 |
流体 | 窒素(理想気体近似) |
オブジェクト境界 | smooth wall friction |
ノズル径 | 1[mm] |
質量流量 | 2.65e-3[mg/ms] |
Cd | 約0.82 |
q1ファイルはこちら.これは3.5.1用に作った,PASOL=offのもの.そして,メッシュを(13×32)としたものをCase00,以下メッシュを倍,倍と増やして行く.
メッシュ数 | 名称 |
13×32 | Case00 |
26×64 | Case01 |
52×120 | Case02 |
104×240 | Case03 |
208×480 | Case04 |
いくらなんでも,こいつは粗すぎ.
もはや,メッシュだかなんだか分からない.
・計算結果
1. 計算収束の様子
PASOL=offの場合,両者の結果が完全に一致することは予め確認してある.従って,計算結果の比較は
の三者で行うこととした.
まずは,earexeの収束状況を比較してみよう.Case00にて.
PASOL=off
3.5.1 PASOL=on
3.6.0 PASOL=on
3.5.1のPASOL=onでは,計算が収束しない.結果的に得られた流れ場はそれほど変わらないのだが.
2. 軸上の静圧とマッハ数の比較
続いて,Case00からCase04までの,ノズル中央の静圧とマッハ数の変化をzの関数で見てみる.
PASOL=off
3.5.1 PASOL=on
3.6.0 PASOL=on
メッシュが細かい方が当然「真の値」に近いわけだが,どこからその値に漸近するかがそれぞれ異なる.始めに,一番解像度の高いCase04同士で比較してみよう.三つのケースの結果は良く一致しており,充分高い解像度を与えてやればPASOLのon/offに関わらず,同じ解が得られることが示された.
次に,ISOノズルの性能評価ともなる,上流の静圧に注目しよう.PASOL=offではCase02,Case03,Case04がほぼ同じで,Case02の解像度を与えてやれば正しいCdが得られる,一方,3.5.1のPASOL=onでは上流圧力は全体に過大評価,3.6.0のPASOL=onでは過小評価であり,Case03の解像度でようやく真値に近い値が得られている.Case04の静圧分布を基準に,Case02の三つのケースの静圧分布を比較したものを下に示す.
このグラフからは,3.5.1.と3.6.0のどちらが優れているかは判定できない.引き分け,というところか.
しかし,マッハ数の分布を見てみると事情が全く逆転することが分かる.3.5.1では,PASOL=onでもoffでもマッハ数の流れに沿った変化はCase03,04のみが一致しており,それ以下の粗い解像度では精度が悪いことがわかる.一方,3.6.0では,系の離散化誤差に起因すると思われるマッハ数の振動が全くなく,Case02から04の三つのケースでマッハ数分布がほぼ一致する.すなわち,マッハ数という指標では3.6.0のPASOLが明らかに優れているという結果が出た.
3. 圧力,v,マッハ数の分布を比較する
次に,z軸(主流方向)を含む面で切った断面内圧力,流速分布を見てみる.比較の際に最もわかりやすいのは実はv(y軸方向流速)だ.これは,ノズル形状を離散化するときに等密度のメッシュにしたためy方向の解像度がz方向に比べずっと粗く,系の離散化誤差の影響を受けやすいため.
Case02
静圧 | マッハ数 | v | |
PASOL off |
|||
3.5.1 PASOL on |
|||
3.6.0 PASOL on |
Case03
静圧 | マッハ数 | v | |
PASOL off |
|||
3.5.1 PASOL on |
|||
3.6.0 PASOL on |
Case04
静圧 | マッハ数 | v | |
PASOL off |
|||
3.5.1 PASOL on |
|||
3.6.0 PASOL on |
この比較では,3.5.1のPASOLと3.6.0のPASOLが全く異なる処理を行っているらしいことがはっきり分かる.3.5.1のPASOLはPASOL=offと比較してvの離散化ノイズがほとんど減っていない.一方,3.6.0ではvの分布はCase02においても非常になめらか.
最後に,この問題が,Phoenicsにとっては厳しい例題であることも指摘しておかなくてはならないだろう.Case02では,下流側のy方向への広がりはチョーク点から下流境界までわずか3ステップで離散化されている.
・まとめ
PASOLを使う意味は二つあると思う.一つは,構造格子のCFDにおいて,壁面近傍の流れの忠実生(fidelity)を上げると言うこと.もうひとつは,比較的粗いメッシュでも,形状が生む流れ場を正確に再現すると言うこと.この観点からすれば,fidelityにおいては3.6.0の圧勝といえるが,Case02の解像度において,上流側静圧を比較してみると,3.5.1は過大評価,3.6.0は過小評価となり,かならずしもPASOL=offに比べて良くなっているとは言えない.従って,この勝負は,3.6.0の判定勝ち.